マグネシウムとは

マグネシウム(鎂、ラテン語: magnesium[2] 英語発音: [mæɡˈniːziəm])は、原子番号12の元素である。マグネシュームともいう。元素記号Mg。原子量24.305。金属元素、第2族元素のひとつ。

名称

マグネシウムという名称は、マグネシア(magnesia)またはその語源である産地のギリシャ・マグニシア県にちなんで命名された。酸化マグネシウムおよびオキソ酸塩の成分としてのマグネシウムは、苦い味に由来して苦土(くど、bitter salts)とも呼ばれている。

性質

ヒトを含む動物や植物の生命活動を支えるミネラル(必須元素)のひとつであり、とりわけ植物の光合成に必要なクロロフィルで配位結合の中心として不可欠である。また、有機化学においてはグリニャール試薬の構成元素として重要である。
酸化数はほぼ常に2価。比重1.74の柔らかい金属で、融点650℃、沸点1,090 - 1,110 ℃(異なる実験値あり)。マグネシウムには2つの同素体があり、常温、常圧で安定な結晶構造は六方最密充填構造(HCP)だが、温度を上げると、体心立方格子が安定となる。
酸素と結合しやすく、強い還元作用を持つ。空気中で長期間放置すると、表面が次第に酸化され灰色を帯びる。また、二酸化炭素、水、亜硫酸とも反応するが、いずれも不動態皮膜となるためアルカリ金属やカルシウムと異なり腐食は進行せず、鉱油中で保存する必要はない。
空気中で加熱すると炎と強い光を発して燃焼する(燃焼熱は601.7kJ/mol)。さらに窒素や二酸化炭素中でも燃焼し、それぞれ窒化マグネシウム(Mg3N2)、酸化マグネシウム(生成熱は460.7kJ/mol)となる。
熱水や塩水、薄い酸には容易に溶解して水素を発生させる。このため、マグネシウム火災の消火には水は使えず、ダライ粉などを用いる。

同族元素との性質の違い

マグネシウムとベリリウムは第2族元素であるが、アルカリ土類金属ではない。これは第1族元素である水素がアルカリ金属ではないのと同様、化学的性質が異なるためである。ただし、まったく異なるわけではなく、第2族元素の代名詞として「アルカリ土類金属」の名が使われているため、広義にはアルカリ土類金属に含まれている。

異方性

マグネシウムの結晶構造は室温では2つの面でしか滑りを起こさないため、純マグネシウムや合金を加熱せずに圧延などの加工をすると割れが発生しやすい。加工には加熱が必須となるが、燃焼しないよう注意を払う必要がある。

歴史

マグネシウムは安定な酸化物を作るため、ラボアジエはマグネシア(酸化マグネシウム)を元素としてあげている。1755年、スコットランドのジョゼフ・ブラックは炭酸マグネシウムを熱分解し、酸化マグネシウムと二酸化炭素に分離しているが、これをマグネシウムの発見とする事もある。
単離され金属元素であることが証明されたのは、1808年、ハンフリー・デービーによるマグネシアと酸化水銀の溶融電気分解による。
商業生産は1886年(明治19年)、アルミニウムと同時期に開始されたものの、精錬(カルシウムとの分離)が困難で普及が遅れた。第一次世界大戦を契機に軍事利用が伸び、1936年には軍事目的を陰に五輪の聖火リレーに利用され、1939年には3万2,850トン、1943年のアメリカで18万4,000トンが生産されている。日本では第二次世界大戦前から1994年(平成6年)まで宇部興産により生産されていた。マグネサイトなどの鉱石資源は、中国、北朝鮮、ロシアの3国で6割以上を占めている。

用途

非常に軽い軽合金材料として重要であり、金属マグネシウムとしてさまざまな合金の第一金属(合金の基本となる金属)や、添加剤に利用される。また、反応性の高さから脱酸素剤や脱硫剤、さらに有機合成用試薬として欠かせない。必須元素であり、食品や医薬品のほか、飼料、肥料として広く用いられる。

金属として

・合金 - 軽量で優れた性質を持ち、特に軽量化が重視される分野で需要が伸びている。安価になればプラスチックを代替する可能性もある。
工業的に使用されているもっとも軽い金属で用途は広く、航空機、自動車、農業機械、工具、精密機械、スポーツ用具、スピーカーの振動板、携帯用機器の筐体、医療機器、宇宙船、兵器など多種にわたる。かねてより問題であった腐食しやすい性質が改善されるにつれ、利用されるようになっていった。
・合金添加剤 - 1998年ごろには世界需要の半数近くを占めた[10]。アルミニウム合金などに添加元素として少量付加するだけであっても、その合金としての性質を大きく左右する働きを持つ。この性質から、これまでの合金の硬度、強度、耐食性、耐熱性、その他機械的性質を向上させるための研究が活発に行われている。
・鋳鉄 - ダクタイル鋳鉄(FCD)の黒鉛ノジュラー(球状)化剤。
・鉄鋼脱硫剤 - 合金用途以外ではもっとも消費量が多く、精錬用フェロアロイ(フェロマグネシウム)。
・金属還元剤 - ジルコニウム、チタンの製錬。
・防食 - 防食マグネとして、金属の犠牲電極効果や、酸化物が使用される。
・カメラのフラッシュ - 酸化剤を混合した閃光粉が利用され、「マグネシウムを焚く」と表現した。光量調節が難しく、換算表に規定の使用量を天秤秤で毎回計量することを必要とし、発光時に大量の煙を発生させ、シャッターとの同調も手作業であるため、閃光電球やエレクトロニックフラッシュによって置き換えられた。
・発火用具(ファイアスタータ)- 水に濡れていても発火できるため、軍事用、キャンプ用、非常用など。通常発火点としてのフェロセリウムと組み合わされており、あらかじめナイフなどで削ったマグネシウム粉を火口 (点火具)とし、フェロセリウム部で火花を起こして点火する。マグネシウム部のないフェロセリウムの発火機能のみのファイヤースターター類であっても「マグネシウム・ファイヤースターター」などの呼称が用いられる例が少なくないが、これは誤用である。
・スピーカーの振動板 - 単体は合金より内部損失が大きく、酸化防止の樹脂コーティングを施して使用される。

工業

・耐火材 - 炉内耐火材(塩基性耐火煉瓦)として、おもに電気炉で用いる。
・吸着材 - 水酸化マグネシウムが多く、酸化、炭酸マグネシウムなども。
・ゴム、プラスチック配合剤 - 添加剤、充填剤。
・セラミックス - 原料、焼結助剤。
・ガラス - 酸化ガラス添加剤。
・電池 - 空気マグネシウム電池。
・排煙脱硫剤 - 安価で脱硫効率が高い、水酸化マグネシウム放流法。
・排水処理 - 石灰と同様、酸性排水の中和(カルシウムが混在したものが使われる)。
・水質改善 - アオコ対策、赤潮対策、底質改善。
・重金属処理 - アルカリ剤として不溶化処理、ヘドロなど泥土の固化。

有機合成用試薬

マグネシウムはハロゲン化アルキルと反応し、R-MgX(Rは有機置換基、Xはハロゲン)の一般式で表される有機金属化合物を作る。これはグリニャール試薬と呼ばれ、カルボニル化合物などと反応して炭素-炭素結合を生成する。このため有機合成分野において重要な試薬として用いられる。
そのほかにも多くの錯体・塩基性塩などの化合物を合成する。これらはおもに化学実験において、合成試料や試薬として使われる。

農業、食品、医薬

・肥料 - 肥料分野においては、苦土の名称が用いられる事が多い。代表的な苦土肥料として、炭酸苦土肥料(もっとも代表的なものとして、炭酸カルシウム(CaCO3)との混合物である苦土石灰)、水酸苦土肥料、硫酸苦土肥料など。肥料としてのマグネシウムの効果については栄養素_(植物)#マグネシウム参照のこと。
・食品添加物 - にがり(主成分は塩化マグネシウム(MgCl2))が豆腐製造の凝固剤(塩析剤)として用いられる(豆腐用の凝固剤に用いられるマグネシウム化合物には、ほかに硫酸マグネシウム(MgSO4)がある。)。ほかに、膨張剤(炭酸マグネシウム(MgCO3))、栄養強化剤、加工助剤、呈味料など。なお、マグネシウムには呈味効果を有する有機酸との化合物が多数あるが(酢酸マグネシウムなど)、現在(2019年)の日本においては、それらの多くは食品添加物として認められていない。
・医薬品 - クエン酸マグネシウムが大腸検査用下剤などとして。また一般用医薬品の分類で酸化マグネシウム製剤や水酸化マグネシウム製剤が市販されている。

次世代エネルギー

燃焼にて二酸化炭素を発生しないことから、化石燃料に替わる次世代エネルギーとしての利用研究が進められている。
水素に比べて常温・常圧下で固体なので輸送・貯蔵がしやすいというメリットがある。水と反応させて燃えるときの熱を利用するほか、同反応により発生する水素を燃料として利用する方法が挙げられる。燃焼後の酸化物をリサイクルするための還元処理に大きなエネルギーが必要となることが最大の課題であり、レーザーによる高温を利用する方法などが提案されている。
ただし、マグネシウムを燃料として使用する場合、燃焼させて熱エネルギーに変換したうえで熱機関を利用する以上、カルノー効率を超えることはできない。また、水と反応させて水素を取り出しその水素を燃焼させる場合や生成した水素を燃料電池で電気エネルギーに変換するという用途も同様に効率が低い。
マグネシウムの持つ化学エネルギーを効率よく電気エネルギーに変換する方法としては、電池の陰極としてマグネシウムを使用する方法が効率がよい。ただし、マグネシウムは反応性が高く水と反応してしまうため、電解質に水溶液を用いることができない。このため、有機系電解質または溶融塩を使用することになる。

マグネシウムの化合物

<無機塩>
酸化マグネシウム - 苦土
過酸化マグネシウム
水酸化マグネシウム
フッ化マグネシウム
塩化マグネシウム
臭化マグネシウム
ヨウ化マグネシウム
水素化マグネシウム
二ホウ化マグネシウム
窒化マグネシウム
硫化マグネシウム
三ケイ酸マグネシウム(英語版) - 制酸剤、医薬品添加物、食品添加物

<オキソ酸塩>
炭酸マグネシウム - 菱苦土石
炭酸カルシウムマグネシウム - 苦灰石、ドロマイト
硝酸マグネシウム
硫酸マグネシウム
亜硫酸マグネシウム
過塩素酸マグネシウム
リン酸三マグネシウム
過マンガン酸マグネシウム
リン酸マグネシウム(英語版)

<鉱物>
尖晶石、スピネル
滑石
蛇紋石

<有機塩>
有機酸との塩である。
酢酸マグネシウム
クエン酸マグネシウム (Magnesium citrate)
クエン酸トライマグネシウム(クエン酸トリマグネシウム、2クエン酸3マグネシウム)
リンゴ酸マグネシウム
グルタミン酸マグネシウム
安息香酸マグネシウム
ステアリン酸マグネシウム
オロト酸マグネシウム
グルコン酸マグネシウム
グリシン酸マグネシウム
タウリン酸マグネシウム
スレオニン酸マグネシウム

栄養学

精製・加工していない食品に広く含まれ、ゴマやアーモンドなどの種実類、ひじきなどの海藻類に多く、加工食品に少ない。

摂取基準

厚生労働省が定めた2015年版の『日本人の食事摂取基準』より抜粋改変。
摂取基準(2015年版)
性別 年齢 推奨量
(RDA, mg/日)、耐容上限量、(UL, mg/日)
男 18歳以上、320 - 370、設定なし、(参考値 650 - 700)
女 18歳以上、270 - 290、設定なし、(参考値 650 - 700)
サプリメントなどの通常の食品以外からの摂取分については耐容上限量を350mgとする。
摂取状況
平成22年国民健康・栄養調査によれば、日本人成人(30 - 49歳男性)の推定摂取量は240 - 244mg/日とされ、WHO推奨量である420mg/日より不足している。

生化学

マグネシウムは植物の光合成色素であるクロロフィルに含まれ、光を受け止める役割を担っている。このためマグネシウムが欠乏すると、植物の生育は減退し、収穫量の減量につながる。これは砂地で生育する植物に特に現れる。カリウムが豊富に含まれる土壌でも、植物へのマグネシウムの供給が行われにくくなることもわかっている。このため肥料として、マグネシウム化合物を含んだものが使用されることがある。
人間の生体内には約25グラムのマグネシウムが存在し、その50 - 60パーセントがリン酸塩として骨組織に[17]、残りは血漿、赤血球、筋肉中の各組織に存在する。血清中のマグネシウムは、約75 - 85パーセントがイオンや塩類の形態の透析型で、残りの15 - 25パーセントはアルブミンなどと結合した蛋白結合型(非透析型)で存在し、その濃度はおおむね1.8 - 2.3程度に維持されている。
マグネシウムは人体にとっても、骨や歯の形成、ならびにリボソームの構造維持やタンパク質の合成、そのほかエネルギー代謝に関する生体機能に必須な元素であるため、マグネシウムの欠乏は骨粗鬆症、虚血性心疾患、糖尿病などの原因のひとつと考えられている。生体内でマグネシウムはおもに骨の表面近くにマグネシウムイオンとして保存され、代謝が不足した場合にはカルシウムイオンと置き換わり、マグネシウムが体内に補充される。マグネシウムの生体内での栄養素や薬理的な働きについては広範にわたって研究が行われているが、いまだその重要な面に関しては不明な点が多い。最近では、ミネラル成分のひとつとしてサプリメントや清涼飲料水などに添加されることが多くなってきている。
マグネシウムは動植物に対して毒性の強い元素でないため、植物肥料として過剰使用を特に警戒する必要はないが、動物が直接食物から摂取する場合には、ほかの無機物(リンやカルシウム)とのバランスを適切にしなければ、尿路結石などの原因になりうることがわかっている。これを受けて、猫用の飼料は、組成中のマグネシウムを減らすように改良されるようになった。

薬理作用

マグネシウム欠乏症の治療と予防に用いられるほか、乳酸が溜まった状況下で、足のつり(こむら返り)などの緩和に有効性が示唆されている。
マグネシウムは生体に必要不可欠な成分である反面、豆腐の製造にマグネシウムを含むにがりが使われることからも分かるように、高濃度のマグネシウムイオンはタンパク質を固化する性質を有する。マグネシウムの吸収機構は解明されていないが[信頼性要検証]、腸管からのマグネシウムの吸収率は、マグネシウム摂取量が多ければ吸収率が低下し、摂取量が少なければ吸収率は高くなる。腸管から吸収されなければ、マグネシウムイオン濃度の高まりにより腸管内での浸透圧が高まることになる。このためサプリメントなどによるマグネシウムの過剰摂取で下痢を起こす。この作用を利用し、クエン酸マグネシウムなどは大腸内視鏡検査に際して下剤として使われる。また、便秘の不快症状を緩和する目的の下剤として酸化マグネシウム(通称カマ)として用いられる。弱い塩基である酸化マグネシウムや水酸化マグネシウムは、胃酸中和のために胃腸薬に配合される。食品では、豆腐や天然塩などに含まれるにがりからマグネシウムが微量に摂取される。
過剰摂取により高マグネシウム血症を引き起こす。重篤な腎不全患者における大量摂取は非常に危険であり、心ブロック患者には静脈注射が禁忌となっている。なお、近年のダイエットブームにおいてにがりの過剰摂取で死亡した事例もあるため、安易な過剰摂取は厳に慎むべきである。マグネシウムの急性毒性は、塩化マグネシウムとして、マウス経口LD50は4,700mg/kg、ラット経口LD50は2,800mg/kgである[信頼性要検証]。このラットのデータを70キロのヒトに当てはめた場合、約200グラムの塩化マグネシウムを一時に摂取すると50パーセントの確率で死に至ることに相当する。
また、マグネシウム摂取量が多いグループの男性の大腸癌リスクが低いとの報告がある。

糖尿病との関連性

慢性的な摂取不足は、脂肪細胞から分泌される分泌蛋白アディポネクチンの低下を招き、高感度CRPやIL-6の上昇に関連しており、2型糖尿病発症リスクを上昇させている。

うつ病との関連性

マグネシウム欠乏下では、興奮性グルタミン酸神経のNMDA受容体の抑えが効かなくなり、その神経毒性によりうつ病が引き起こされているのではないかという仮説がある。
NMRを用いた計測では、治療抵抗性うつ病で自殺企図あるいは自殺未遂経験のある患者では、脳脊髄液中のマグネシウム量が低いこと、抗うつ薬は脳内マグネシウム量を増やす作用があること、2008年の糖尿性うつ病患者へのマグネシウム投与で成果をあげていることから、治療抵抗性うつ病患者に限らず、マグネシウムの処方は有益であるとする報告がある。
また、magnesium glycinateまたはmagnesium taurinateの投与により、およそ1週間程度の短期での症状改善の報告がある。

免疫系との関連性

閉経後の女性に関するコホート研究において、さまざまな変数を調整後のマグネシウムの摂取量と、炎症に関係するバイオマーカーの数値とが反比例するとの報告がある。すなわち、マグネシウムの摂取量が多いほど体内の炎症反応が少ないことを示している。

^「マグネシウム」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2021年9月3日 (金) 22:02 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org